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岐阜地方裁判所 昭和58年(行ウ)2号 判決 1985年4月22日

原告

桜木幸光

右訴訟代理人

簑輪弘隆

小林修

横山文夫

安藤友人

被告

高山労働基準監督署長

(今井潔)

右指定代理人

立花益實

外八名

主文

一  被告が原告に対して昭和五五年一一月二一日付をもつてした「労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付は、これを支給しない。」旨の処分は、これを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一請求原因

1  原告は、昭和三七年一〇月ごろから同三八年三月ころまで高知県幡多郡佐賀町伊与喜所在の大本組伊与喜作業所にその作業員として雇われて国鉄中村線の新設工事に従事したのを皮切りに、同五〇年四月一六日に岐阜県益田郡金山町岩瀬所在の飛島建設株式会社馬瀬事務所を退職するまでの間、別紙就労歴一覧表記載の期間、同表記載の各事業所にその作業員として雇われて、鉄道・道路の新設工事等の作業に従事してきた。そして、原告は、右就労期間(一二年余)中、主として掘削作業に従事し、一日について八時間から一〇時間もの長時間にわたつて、発破の爆発音や削岩機・チェーンソー等の機械から発せられる強烈な騒音に曝れてきた。

2  右のように、前後一二年余もの長きにわたり強烈な騒音に曝されてきた結果、原告は、聴力障害と耳鳴を自覚するようになつた。そこで、昭和五五年一〇月一三日、高知県中村市於東町一一番地所在の岡崎耳鼻科で聴力検査を受けたところ、「両耳鼓膜混濁により両耳の聴力が障害されており、平均純音聴力損失値は、右耳が五六dB、左耳が六一dBであつて、両感音性難聴と認められる。」旨の診断を受けた。

3  原告は、「右の診断によつて、自己の聴力が右1に記載したような従前業務に起因して障害されるに至つたことを初めて確知した。」と称して、昭和五五年一〇月一三日、被告に対して、右の障害について労働者災害補償保険法(以下、単に「法」という。)一二条の八・一五条に基づく障害補償給付の支給方を請求した(以下、この請求を「本件請求」ともいう。)。ところが、被告は、原告に対し、同年一一月二一日付をもつて、右請求にかかる障害補償給付請求権が法四二条の定める時効期間の経過によつてすでに消滅したという理由で、その支給をしない旨の処分(以下、「本件不支給処分」という。)をした。

4  しかしながら、本件不支給処分が法四二条の解釈・適用を誤つた違法な処分であることは明らかであるから、原告は、その取消しを求める。

二請求原因に対する認否

1  請求原因1ないママ3の各事実は、同2記載にかかる原告の聴力障害が同1記載の業務に起因するものであるという点も含めて、すべてこれを認める。

2  同4の主張は、これを争う。

三抗弁

本件請求にかかる障害補償給付請求権は、昭和五五年四月一六日の経過とともにその消滅時効の完成によつて、消滅した。そこで、被告は、右の消滅時効を援用して本件不支給処分をしたのであつて、該処分が適法なものであることは疑いを容れる余地がない。以下、この点について敷衍して説明する。

法四二条は、障害補償給付を受ける権利が、「五年を経過したときは、時効によつて消滅する。」旨規定する。ところで、右時効期間の起算日については、法に特段の定めがないのであるから、一般法である民法一六六条に従い、権利の行使が可能となつた時からその期間が進行するものと解すべきである。しかして、障害補償給付は、「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、なおつたとき身体に障害が存する場合」に当該労働者の請求によりこれを支給すべきものであつて、このことは、法一二条の八・労働基準法七七条の明定するところである。したがつて、右支給事由の生じたとき、すなわち、業務に起因する負傷又は疾病が「なおつたとき」に当該労働者による障害補償給付請求権の行使は可能となるものというべきところ、右にいわゆる「なおつたとき」というのは、「当該負傷又は疾病による症状が固定し、以後医療効果が期待しえなくなつた状態に立ちいつたとき」を指すものと解すべきであつて、このことは、昭和二三年一月一三日付基災発第三号労働省労働基準局長回答によつてつとに明らかにされているところであるばかりでなく、障害補償給付の支給に関する現実的事務処理もまた右回答に従つて運用されている。

ところで、現在の一般的・標準的な医学上の知見によれば、本件請求にかかるいわゆる騒音性難聴は、強烈な騒音を発する場所における作業を継続する限り、その症状は増悪しつづけ、その安定・固定というようなことはとうてい期待できないものの、右作業に従事しなくなれば、その日以降、その症状の増悪は停止し、症状が安定・固定するに至る、というのである。そして、現段階では、これに対する有効な治療方法がいまだ発見されていないのである。このような騒音性難聴の病態と、これに対する医療の現状に徴すると、騒音性難聴の症状固定時期は、当該労働者が強烈な騒音を発する場所における作業から離れた時期であると認めるのが相当であり、したがつて、当該労働者は、右時期の到来とともにこれに関する障害補償給付請求権を行使することが可能となるに至るものと解すべきである(昭和二六年一〇月二四日付基収第三二〇九号労働省労働基準局長回答参照)。

これを本件についてみてみると、原告は、昭和五〇年四月一六日をもつて最終的に強烈な騒音を発する場所における作業から離れたことが明らかであるから、本件請求にかかる障害補償給付請求権については、その翌日である同月一七日から法四二条所定の消滅時効の期間が進行するものと解すべきである。そうとすると、本件請求にかかる障害補償給付請求権は、本件請求の日(昭和五五年一〇月一三日)よりも以前である同五五年四月一六日の経過とともにすでに時効によつて消滅するに至つていたものというのほかはない。

四抗弁に対する認否

抗弁欄記載の事実中、法文の規定に関する諸点及び原告が強烈な騒音を発する場所における作業から離れた日が昭和五〇年四月一六日であるという点は、これを認めるが、その余の事実は知らない。なお、その法的主張は、これをすべて争う。

本件請求の日である昭和五五年一〇月一三日以前に、右請求にかかる障害補償給付請求権が時効によつて消滅した旨の被告の主張が誤りであることは、以下に述べるところに徴してきわめて明らかである。

1  法四二条所定の時効期間は、民法七二四条を類推適用して、被災者である労働者において自己の障害が業務に起因するものであることを知つた日の翌日からその進行を開始するものと解するのが正当である。なぜならば、障害の中にはその原因が必ずしも一義的に明らかではないものがあつて、当該障害がはたして業務に起因するものであるか否かの判定については医学的検索を要するものすら少なからず存在することもまたとうてい否定しがたいところだからである。本件請求にかかる騒音性難聴もまた他の原因に基づく聴力障害との鑑別が困難な障害の典型的な事例のひとつである。このように、被災者である労働者において自己の被つた障害が業務に起因することをただちには知り得ないような場合も決して少なくはないということに想いを致すと、障害補償給付請求権等の消滅時効期間を定めた法四二条を適用するにあたつては、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間に関する起算日を定めた民法七二四条が類推適用されるものと解するのが相当であるというべきである。

しかして、原告において自己の聴力障害が請求原因1に記載したような業務に起因することを確知したのは昭和五五年一〇月一三日であつて、それは、原告が同日前記岡崎耳鼻科において前記のような診断を受けたことによるものである。したがつて、本件請求にかかる障害補償給付請求権の消滅時効期間は原告が右のような診断を受けた日の翌日である同月一四日からその進行を開始するものというべく、本件請求の日(同月一三日)にはすでに右請求権が時効により消滅していた旨の被告の主張・判断が失当であることは、きわめて明らかである。

2 仮に、法四二条所定の時効期間は、民法一六六条に従い、法所定の当該補償給付請求権の行使が客観的に可能となつたときからその進行を開始するという見解に立つとしても、「原告は、原告自身が強烈な騒音を発する場所における作業から離れた日(昭和五〇年四月一六日)に本件請求にかかる障害補償給付請求権を行使することが可能となつた。」旨の被告の判断は明らかに不当である。けだし、①いわゆる騒音性難聴は強烈な騒音を発する場所における作業から離脱した後もなお数か月はその症状の安定・固定をみるに至らない、とするのが医学上の水準的・平均的知見である。しかも、②原告の聴力障害の程度が昭和五〇年一二月五日以降も増悪したことは明らかである。すなわち、原告は、昭和五〇年一二月五日、同五五年一〇月一三日及び同五九年三月九日の合計三回にわたつて医師から聴力の検査を受けているのであるが、右各検査の結果を彼此対比してみると、昭和五五年一〇月一三日のそれと同五九年三月九日のそれとの間には大きな差異が認められないものの、同五〇年一二月五日のそれと同五五年一〇月一三日のそれとの間には、相当な(障害等級に差異を生ずるような)差異が認められるから、このような状況に徴すると、原告の聴力が右昭和五〇年一二月五日以降も(昭和五五年一〇月一三日以前のある時期までは)低下を続けたことは明らかである。そうとすれば、原告の聴力障害の症状が固定し、原告において右障害に関する障害補償給付を請求することが客観的に可能となつた時期は昭和五〇年一二月五日よりもあとのある時期であるというのほかはなく、しかも、本件請求が右の昭和五〇年一二月五日以降五年以内にされていることは明らかである。したがつて、このような観点からしても、本件請求にかかる障害補償給付請求権が、本件請求の日(同五五年一〇月一三日)にはすでに時効により消滅していた旨の被告の判断が失当であることはきわめて明らかである。

第三証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3の各事実は、すべて当事者間に争いのないところである。

二そこで、以下においては、本件請求にかかる障害補償請求権がその請求の日(昭和五五年一〇月一三日)よりも以前にすでに法四二条所定の消滅時効期間の経過によつて消滅に帰していた旨の被告の判断の適否について検討する(ちなみに、被告が右のような判断に依拠して本件不支給処分をしたことは、第一項記載のように当事者間に争いがない。)。

1まず、法四二条は、「障害補償給付を受ける権利は、五年を経過したときは、時効によつて消滅する。」旨規定しているのであるが、右にいう時効期間は、はたしていつその進行を開始するものと解するのが正当であろうか。この点についての当裁判所の見解は次に説示するとおりである。

(一) およそ、特定の権利に関して、その消滅時効期間の進行開始があるということができるためには、当該権利の行使が客観的に可能であることがその当然の前提要件であるところ、本件におけるがごとき障害補償給付が「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、なおつたとき身体に障害が存する場合」に当該労働者の請求によつて初めて支給されるべきものであることは、法一二条の八・労働基準法七七条の明定するところである。したがつて、被災者である労働者において、自己の身体に残された欠損・機能障害・神経障害等に関して障害補償給付の請求をするためには業務に起因して発生した当該傷病がすでに治癒していることがその要件となるものであるところ、右にいわゆる治癒とは、傷病の症状が安定して疾病が固定した状態にあり、もはや治療の必要がなくなつたという状態を指すものと解すべきことが明らかである(なお、この点についてはその成立に争いのない乙第八号証の記載を参照のこと。)。それ故、被災者である労働者は、自己の従事した業務に起因して発生した傷病が右にいわゆる治癒の状態になつてもなおかつ当該傷病に基づいて自己の身体に欠損・機能障害・神経障害が残つたような場合に初めて右障害に関する障害補償給付請求権を行使することが客観的に可能となるに至るものというべきである。

(二) のみならず、障害補償給付請求権の消滅時効期間の進行開始の要件としては、その行使が右(一)に説示したように客観的に可能となつたというだけでは足りず、さらにこれに加えて、傷病が治癒してからもなお障害の残つた労働者においてその障害が業務に起因するものであることを知ることを要するのであつて、この時期に至つて初めて右補償給付請求権の消滅時効期間はその進行を開始するものと解するのが相当である。ちなみに、当裁判所の上記見解の主なる根拠等に、以下に説示するとおりである。すなわち、障害補償給付の対象となるべき障害の中にはその業務起因性が必ずしも明白ではなく、専門的・医学的な鑑別診断を経ることによつて初めてその業務起因性を確認することができるという類いのもの(障害)も決して少なくはないのであつて、このことは、公知の事実ないしは常識というべきものである。そして、このような類いの障害については、被災者である労働者が当該障害の業務起因性を知るまでの間は、当該労働者においてこれに関する補償給付の請求をするがごときことは、現実的には全く不可能であるというのほかはない。このことは、不法行為の被害者において、加害者及び損害(加害行為の違法性及び加害行為と当該損害との間の相当因果関係の存在の点をも含む。)を認識するまでの間は、その不法行為による損害賠償の請求権を行使することが現実には不可能であるのと同断である。そして、また、障害補償給付請求権は、なるほど社会保障制度の一環として労働者の生活保障を目的として設けられた公法上の権利ではあるけれども、他面、その実質において、民法七〇九条所定の不法行為に基づく損害賠償請求権と類似する性質を有するものであることもこれを否定することができない。これらのことをあれこれ総合考量すると、障害補償給付請求権の消滅時効の起算日については民法七二四条を類推適用し、結局該消滅時効は、被災者である労働者において自己の障害の業務起因性を知つたときからその進行を開始するものと解するのが相当であつて、かく解することの方が、権利の消滅時効制度に関する一般的な法原則により適合するばかりでなく、さらに、被災者である労働者の救済とその生活の保障をその目的とする労働者災害補償保険法の趣旨にも合致することになるものというべきである。

2以上に説示したところを前提として、本件請求にかかる障害補償結付請求権がはたしてすでに時効によつて消滅したものと認められるか否かについて検討してみると、結局、本件においては、原告の聴力障害の症状が固定し、かつ、原告が該障害の業務起因性を知つた日から法四二条所定の五年が経過してからようやく原告によつて本件請求がなされたものであるなどとはとうてい認められないのであつて、この点についての詳細は以下において認定・説示するとおりである。

(一)  まず、原告の聴力障害の症状が固定した時期の点について考察してみよう。

<証拠>を総合すると、(1)被告を含む関係行政機関は、これまで、本件におけるがごときいわゆる騒音性難聴について、当該被災労働者が強烈な騒音を発する場所での作業に引き続き従事しなくなつた日(以下、「騒音作業離脱の日」という。)以後はその症状の増悪がなく、しかもこれに対する有効な治療方法もないという基本的な見解に立脚し、右見解に依拠して、騒音作業離脱の日をもつて当該被災労働者の傷病でもあるいわゆる騒音性難聴が治癒した日とする、という運用をしてきたこと、(2)被告は、原告が被つた騒音性難聴に対する障害補償給付の許否決定にあたつても、右運用に従い、原告の騒音作業離脱の日である昭和五〇年四月一六日をもつてその聴力障害の症状固定時期とする旨の判断をしたこと、以上の諸点が優に認められ、この認定に反するような証拠はない。

他方、<証拠>を総合すれば、次の(1)及び(2)の各事実が認められる。すなわち、

(1) いわゆる騒音性難聴は、騒音作業離脱の日から数か月(三か月ないし六か月)を経過した後にその症状の固定をみるに至るというのが一般的・水準的な医学上の知見であつて、騒音作業を離れたその日に直ちにその症状が固定する旨の断定をするのを相当とするがごとき科学的・医学的根拠はとうていこれを発見し難い。

(2) 本件において、原告の聴力障害の症状が固定した時期の点を検討してみると、その症状固定の時期が昭和五〇年一二月五日よりもあとであることは明らかである。

すなわち、原告は、昭和五〇年一二月五日、同五五年一〇月一三日、同五九年三月九日の前後三回にわたつて医師から自己の聴力について検査を受けているが、右三回の検査結果を彼此対比すると、昭和五五年一〇月一三日の検査結果と同五九年三月九日のそれとの間にはほとんど差異がないから遅くとも昭和五五年一〇月一三日の時点では原告の聴力障害の程度はすでに固定するに至つていたものと推認できるけれども、同五〇年一二月五日の検査結果と同五五年一〇月一三日のそれとの間には障害等級の認定さえ差異を生ずるほどの相当顕著な症状の進行が認められるから、原告の右症状は、昭和五〇年一二月五日以降も同五五年一〇月一三日以前の一定時期までの間は固定することなく進行していたことが窺知できる。

そして、右(1)及び(2)の各事実に徴すると、原告の聴力障害の症状が、原告の騒音作業離脱の日である昭和五〇年四月一六日に固定した旨の被告の判断は合理的な根拠を欠くものというのほかはない。その他、本件において、原告の聴力障害に関する障害補償給付の請求が客観的に可能となつた日から五年を経過した後に初めて本件請求が行われたような事実ないしは事情を窺うに足りるような資料は毫もこれを発見することができない。

(二)  ついで、原告において、自己の聴力障害の業務起因性を知つた時期、すなわち、該聴力障害が騒音暴露に起因するいわゆる騒音性難聴であることを知つた時期の点についても検討を加えてみよう。

<証拠>によれば、いわゆる騒音性難聴はその原因等に関する鑑別診断のきわめて困難な障害に属することが明らかであつて、それ故にこそ、その鑑別診断の方法・業務起因性の認定要件等については昭和二八年一二月一一日付基発第七四八号による労働省労働基準局長通知が発せられており、右通知によつて、右鑑別は医学的・専門的検索に基づいてこれを行うべきことが指示されていること、以上の諸点を認めるのに十分である。そうだとすると、仮に、被災者である労働者が自己の聴力に障害のあること自体を一応認識したとしても、当該被災労働者としては、その聴力障害の原因等に関する医学的・専門的鑑別診断の結果を知るまでは、当該障害の業務起因性、すなわち、当該障害が騒音暴露に起因することを確知することができない筋合というべきであろう。

それでは、本件において、原告が自己の聴力障害についてその業務起因性を知つた時期は何時(いつ)であろうか。<証拠>を総合すると、原告は、騒音作業離脱日よりもあとである昭和五〇年一二月五日に至つて初めてオージオメーターを使用した医学的・専門的聴力検査を受けたことが明らかであつて、この認定に反するような証拠はない。そうとすれば、特段の事情・証拠等のない本件においては、原告が自己の聴力障害の業務起因性を知つた時期は、早くとも右昭和五〇年一二月五日であると推認するのが相当であつて、本件のあらゆる証拠を精査してみても、原告がそれ以前の時期に、すでに自己の前示聴力障害の業務起因性を認識していたというような事実を認めるに足りるような証跡を発見することができない。そうとすると、本件においては、原告において自己の聴力障害の業務起因性を知つた日から五年を経過した後に初めて本件請求をしたというような事実が認められないこともまたきわめて明らかである。

3以上に認定・説示したとおりであるから、以上の説示と異なる被告の判断、すなわち、本件請求がされた昭和五五年一〇月一三日までに本件請求にかかる原告の障害補償給付請求権が法四二条所定の五年の消滅時効期間の経過によつてすでに時効消滅していた旨の判断はもとより失当であつて、当裁判所のとうてい左袒できないところというべく、したがつて、このような判断に依拠してなされた本件不支給処分は、法四二条の解釈・適用を誤つた違法な処分であるというのほかはなく、とうてい取消しを免れ得ない。

三よつて、原告の本訴請求は、その理由があるのでこれを正当として認容することとし、なお、訴訟費用の負担について行訴法七条・民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(服部正明 高橋勝男 綿引万里子)

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